2010年02月03日

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2月3日。節分。
季節を冬から春へと分ける日。
しかしながら、寒さがここに来て厳しい。
季節の底だと考えれば、後は上り調子と楽観的にもなれる。
そう思う方が少しだけ寒さが和らぐ気がする。

さて、特別な日。
昨日の事を想う。
平成22年2月2日。2が4つ並ぶ珍しい日だった。
平成22年2月22日には2が5つも並ぶ日になる。

毎日が誰かにとっては特別な日なのだろうとの思いがある。
365日の1年のうち、誰も産まれない日はきっとないだろうから。
これは、個人にとって生涯一度しかない誕生という特別を指している。
公に何でもない日が特別になるのには、強い意味が込められている様に思う。
それは替え様のない出来事をきっかけに特別な日に決めたから。
「特に別けた日」
他の日とは決定的に何かが違う日なのだと決めた事に意味がある日。
そんな特別な日は、なかなか他の人と分かち合う事は出来ない。
けれど、出来なくてもいい日。
自分にとって特別な日は誰にとっても特別でなければなんて傲慢過ぎる。
それを求めたら、特別でなくなってしまうとも思う。

少し違った特別な日が昨日だったのかな?
そんな事を感じる。
ある似た様な感性を持ち合わせた人達で共有できる日。
語呂がいいとか、並びがいいとか、なんとなく珍しい事に特別を見る感性。
西暦で言えば2010年2月2日で特に何という事もない。
平成という元号に基づいた年の数え方に依って初めて特別の可能性を帯びる。
その上さらに、4つ同じ数字が並ぶ事が珍しく特別だと思う感性が必要。
これらの条件が揃った事に何かを感じた人は特別だと捉えたのだろう。

上2つの特別以外の特別もあるだろうと思う。
あまりに当然の事の様に過ぎて行くから、特別を作ってしまうのかもしれない。
本当はきっと、毎日が毎日として疑いなく過ごすことが特別。
昨日には戻れないのだし、明日を先取りも出来ない。
過去の清算や未来の予測は出来ても、すぐそこに迫ってくる今は不可避。
1秒より短い時間の最中も血液は体内を意識せずに循環している。
それが命をつないでいる。
今が特別なのは誰にとっても同じなのかもしれないけれど意味や価値が違う。
違うから特別なのだけれど、「特別」それを言う必要もない。
それだと寂しいからこの特別には手を付けずに上2つの特別を見出すのかも。

何かを変える気がなくても変わってしまう事はある。
それに気付いた時、変わったのか替えたのかの違いに想いを巡らせる。
そうすると、その時自分がどう関わっていたのかも見えてくる様な気がする。

(19:55)

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