今回はテーマ投稿。
もし明日地球が終わってしまうとしたら、最後に誰に何と言いますか?
とても魅かれるお題だと思った。

発表してきた作品それぞれに思い入れがある。
記事の内容や構成、そして、流れと主張。
そんな中、最も気にして楽しんでいるのが題名。
どんな題名で作品を発表するか。
そこに今回のお題。

明日で当劇場開場2周年。
その日を前にこのお題は何か因縁めいたものを感じずにいられないのです。
その上、テーマ自体が興味深い。
地球が終わるとはどういう状況になるのか?
「最後に」「誰に」「何を」「言うか」という条件。
事前に知っている事が前提条件なので前日に決めないといけない。
終わる当日の明日、指定した「誰に」の相手が複数では難しい。
なぜなら「最後に」の条件によって制約されるから。
1人でも会話の中から「最後」を切り取って言うのは難しそう。
さらに「言うか」なので、書いて伝えるのではいけない。
こう考えるてくると、「何を」はあまり重要な要素ではない様に思える。

最後に言葉で伝えたい人は誰?
これを問われていると受け止められそう。
お互いに最後を共に迎えたいと思い合える相手。
これは何と大胆で不敵な問いかけ。
最後の最後に意思の疎通を確認する。
こちらだけが思っていても願いは叶わないという現実。

舞台等に上がっている人であれば、ステージ上からファンの人達へ。
それを可能にする幸せを持っている。
けれど、単対多で言うことはそれほど多くないだろうと思う。
しみじみと大切な人と共にと考える方が多いのではないだろうか。
それが叶うかもしれない幸せを持っている。
プロとして最後の仕事を粛々とこなすのも美しいと思う。
大勢の最後をきちんと迎えられるようにするというプロ意識。
これが称賛されないはずはない。
実際は称賛される事なく、皆当然の様に自分達の最後で精一杯。
いつもの生活の上に「最後」がのっかってくると思うのでしょう。

前置きが長々となってしまいました。
このお題への回答は次の通り。
「来場者の方々に心からのありがとう」

前置きが長くなったのは、色々あるにもかかわらず最後の日に来場下さった。
その気遣いに感謝せずにいられないということ。
文字でしか接する事の出来ない来場者の方々に対しての思い。
劇場長として、感謝の意を書き記す事が「言う」事に昇華されればいいなとの願望。

無論、終わりなど来て欲しくないし、終わらせてしまう気もない。
「誰に」の条件がなければ「最後などない!」と、叫ぶでしょう。
こんなにも刺激的なお題に挑戦出来てよかったと思う。